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「くんち」の語源
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| 重陽の節、菊の節句の9月9日の「くにち」が「くんち」となったものと思われる。 |
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規模は?
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江戸時代、長崎の市街地は77カ町あり、それを7分割して1ヶ町が7年に一度踊りを奉納することになっており、その当番町を"踊町"と呼んでいます。その後の町の再編成などで町名や町数は変わりましたが、一ヶ町の7年に一度の出番は今も続いており、毎年5〜7ヶ町が踊りを奉納しています。
お祭りは毎年行われますが、各踊町は7年サイクルで出番が回ってくるので、この間、精気を養い本番の3日間で大爆発させる訳です。 |
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だしものは?
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傘 鉾(かさぼこ)
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町の印。プラカードの役目。傘鉾には町を象徴した様々な装飾が施されており、ビードロ細工や人形細工などがあり、重さ130〜150kgで、心棒の最下部には一文銭を2,500枚から3,000枚を結わえ付け、上下のバランスをとるようにしている。
町の行列の先頭に立って、町人は何人たりともその前に出ることを許されません。
尚、この傘鉾を担ぐのは踊り町の人間ではなく専門の担ぎ手(現在6組織)に依頼されます。
飾りも見物ですが、それぞれ担ぎ方にも特徴がある。担ぎ手が一歩づつ進む度に鉾にある鈴が「リーン、リーン」となり移動のテンポを整えながら進みます。
築町の傘鉾は飾は秋らしく三日月と松(ススキ)の取り合わせ。輪はビロード。
垂模様は京都、神坂雪佳の下絵で紅白光淋菊のつづれ織り。これを「帝(みかど)菊」という。 |
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踊 り
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各種踊りのうち、「本踊」(ほんおどり)といわれるものがあるが、これは本朝の踊り、本手の踊りということで、日本舞踊を指す。その他、オランダ万才、石橋(しゃっきょう)など各町によって様々な種類がある。 |
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曳 物(ひきもの)
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川船、唐人船、龍船、御座船、御朱印船・竜宮船・阿蘭陀船・南蛮船等々の船型に車を付けて、大勢で曳くもの。船ではないが「鯨曳」(万屋町)も曳物に含めれれる。
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担ぎ物
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コッコデショ(樺島町)や鯱太鼓()、大勢の担ぎ手が担ぐだしもの。前進後退や回しをするが、虚空に放り上げて、手拍子のあと片手で受け止める離れ業をやったりする。 |
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通り物
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道中を練り歩く行列自体に立派な様式美をもっているもの。例えば、大名行列、兵隊さん、山伏道中、アニオーサンの行列、大薩摩、小薩摩など。 |
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年当番町の役割
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くんちはその年「年当番町」によって行われます。
年番町は、諏訪神社の1年間の祭事、神事を宰領し、くんちでは踊馬場(神社踊場・お旅所踊場)の運営進行の指揮とご神幸のお供をします。
神輿守町は、お下り・お上りに諏訪三社(諏訪、森崎、住吉)の神輿を奉護して‘もりこみ’(魂振り)をして、神さまの霊力の再生をします。
踊町は、御神前に「演しもの」を奉納してご神霊を和め、踊馬場に「神人和楽」(神も人も和して楽しむ)を現出します。また「庭先周り」をして、氏子にお諏訪さまの「ご神恩」のお裾分けをします。
くんちは、長崎市民(氏子)が諏訪三社の神々に1年間もご加護を感謝し、誠を尽くしてご神霊の再生を願うまつりです。 |
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