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| 築町は中島川に面し、船の発着所になっていたこともあって、長崎が天領だった頃の長崎港の警備に携わっていた細川家の警備船を模して昭和7年に造られた。七年毎の奉納を行い、その間に船体の修理と改造を幾度と繰り返し、築町の御座船は70歳を超えた。 |
| ▼御座船 |
長さ5メートル、高さ4.5メートル、重さ約4トン。重心の高い大型船のためチームワークを必要とし、活きのある豪快な引き回しを心がけている。
また、りりしい武者姿で登場するちびっ子家老も登場する。本漆、本金張りの豪華な御座船は、かつて細川家が大名行列に使ったというもの。 |


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根曳衆は18人。町内関係で選抜された平成15年の根曳衆の平均年齢は26.5歳と若く、若さ溢れる船回しを奉納。
囃子衆は7人。主に小学生の男子で、船に乗り込み御座船囃子を奏でる。〆太鼓2・小鐘2・大鐘2・大太鼓1の和楽器構成で、御座船囃子には1〜3番の種類がある。1番「道行き」2番「早曳き」3番「回し」。
船回しの見所は、2番。長采の笛による合図で一斉に根曳衆は腰を落とし、重心を低くした状態で船を押し上げる。重心の高い御座船を倒れない為の曳き方で、この曳き方が定着したのは平成元年の奉納時で、根曳衆が船を動かす荒波となったような動きで、好評を得ている。
そして、平成15年の奉納では、練習中に偶然に生まれた曳き方が技となり、踊り馬場を円を描きながら競りあがる「大鳴門」が誕生した。
次回の平成22年の奉納では「大鳴門」を披露できるかが課題となった。 |
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| ▼傘鉾 |
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築町は長崎初期の町であり昔は東築町、西築町に分かれていたが、明治4年に両町は合併し現在の築町となっている。その故に傘鉾は二種類あり、東築町は老松の下に満月を、西築町は三日月の下に芒(すすき)と秋草を配している。
幕は旧築町の素封家肥塚氏寄贈のもので、光淋派の画家として有名な神坂雪佳の下絵の紅白菊花つづれ織の名品である。 |

▲神坂雪佳 長崎くんち綴綿傘鉾垂幕帝菊 (高島屋作) 明治43年 |
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過去の傘鉾 装飾絵 |