天領(てんりょう)とは江戸幕府の直轄領のことを指す通称。もともと、明治初期に旧幕府直轄領が天皇の御料(直轄領)になったときに天領と呼ばれるようになったため、さかのぼって幕府時代も天領と呼ぶようになったもので、江戸時代に使われていた用語ではない。幕府領、幕領ということも多い。江戸時代には御領、御料所などと呼ばれた。 船を動かす町内の大人衆で、右舷9人左舷9人の構成。身長と力のバランスを見て配置し、絶妙なチームワークを必要とする。 長采(ながざい) 御座船を総括し、全ての動きを仕切る長。細く長い竹棒に5色の和紙をつけた采と笛で、船の正面で指揮をとる。ほかに船の四隅に采を持ち各根曳衆に指示を与える添根曳(そえねびき)は根曳のサポート役に徹する。 諏訪神社のハプニング  平成15年の7月の諏訪神社での練習で、根曳衆の前と後の力のバランスが取れず回転が流れてしまうので、石橋氏の指導で回転途中での力の入れ具合をうまく調節する引き回しが出来上がり、その後、馬場が斜面な八坂神社でせり上がる船回しが完成した。 大鳴門命名の由来  当初は指導役の名を付け「石橋スペシャル」と言われたが、好評の為名前を付ける事になり、松本氏の冗談半分で言った「ぐるぐる回る技だし長采が蒲鉾屋だし「ナルト」はどうだ」もちろんその時は却下となり時間が経過し「雷神(ライジングサン)」となりかけたが根曳衆はすっかり「大鳴門」と愛着を込めて呼んでいたためこの名に決定された。
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諏訪神社奉納 写真提供:横浜のくんち馬鹿様
築町は中島川に面し、船の発着所になっていたこともあって、長崎が天領だった頃の長崎港の警備に携わっていた細川家の警備船を模して昭和7年に造られた。七年毎の奉納を行い、その間に船体の修理と改造を幾度と繰り返し、築町の御座船は70歳を超えた。
長さ5メートル、高さ4.5メートル、重さ約4トン。重心の高い大型船のためチームワークを必要とし、活きのある豪快な引き回しを心がけている。
また、りりしい武者姿で登場するちびっ子家老も登場する。本漆、本金張りの豪華な御座船は、かつて細川家が大名行列に使ったというもの。
平成8年 人数揃い
平成8年 諏訪神社奉納
根曳衆は18人。町内関係で選抜された平成15年の根曳衆の平均年齢は26.5歳と若く、若さ溢れる船回しを奉納。
囃子衆は7人。主に小学生の男子で、船に乗り込み御座船囃子を奏でる。〆太鼓2・小鐘2・大鐘2・大太鼓1の和楽器構成で、御座船囃子には1〜3番の種類がある。1番「道行き」2番「早曳き」3番「回し」。
船回しの見所は、2番。長采の笛による合図で一斉に根曳衆は腰を落とし、重心を低くした状態で船を押し上げる。重心の高い御座船を倒れない為の曳き方で、この曳き方が定着したのは平成元年の奉納時で、根曳衆が船を動かす荒波となったような動きで、好評を得ている。

そして、平成15年の奉納では、練習中に偶然に生まれた曳き方が技となり、踊り馬場を円を描きながら競りあがる「大鳴門」が誕生した。

次回の平成22年の奉納では「大鳴門」を披露できるかが課題となった。 
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